しかし、これらの非難は事実に合っていなかったのです。
ロバート・ショークは定評のある科学者であり、大学の正教授。
その発言には重みがありました。
ショークは地質学資料を綿密に検査し、その分析においてはきわめて厳しい科学的基準を設定しました。
その結論は入念に考慮をかさねた均整のとれたものでした。
それにショークは「学界の意見」や「エジプト学の定説」からなんの影響もうけていません。
信頼するものは科学的事実だけでした。
そして、その事実がショークをみちびいて、スフィンクスはこれまで認められていた年代よりもはるかに古い時期にできたにちがいない、という結論にいたらせたのです。
スフィンクスの年齢にかんする抗争は、ほぼ1年間つづきました。
それもしだいに冷めてきて、明確な結論は出ないままに終わってしまいます。
もともと地質学者に専門分野を超えた寄与はできませんでした。
ショークは自分の所見にもとついて、スフィンクスは遅くとも紀元前5000年から7000年のあいだにできたと考えます。
しかしながら、この時代のエジプトでは高度に発達した文明の痕跡が発見されていないので、ジョン・ウェストの意見によれば、もっとずっと古いということもありえます。
あるいは紀元前1万年か、ひょっとしたら1万5000年にさかのぼるかもしれません。
それにしても、スフィンクスの正確な年齢は?
そして、なんのために築かれたのか?
この問いの答えを得るためには、べつの、新たな手がかりを選ばなければなりません。
やがて判明するように、その手がかりは、あの巨大な像の建造者にとって根本的な意義を有した科学、「天上の科学」、天文学のなかにあったのです。