カフラー王建造説の根拠
なぜ、いかなる根拠によって、学者たちはスフィンクスとカフラー王との関連を引きだしたのでしょうか。
第一に、いわゆる参道があります。
これは第ニピラミッドの東側にある葬祭神殿と河岸神殿とを結んでおり、スフィンクスのすぐ南側を通っています。
河岸神殿ではカフラー王の像が発見されており、それがエジプト学者にとっては、河岸神殿が第ニピラミッドおよびスフィンクスと建築上の関連を有し、したがってこれらの建造物はグループあるいはアンサンブルとみなされるべきであるという、充分な証拠となっているのです。
第二に、いわゆるスフィンクスの石碑が論拠に持ちだされます。
これは花山岡岩でできた記念石板で、トトメス4世が紀元前1400年に、スフィンクスの前脚のあいだに建てさせたもの。
この石碑には、14行のヒエログリフの碑文が刻まれています。
その13行目に「カフ」という字句があり、しかも「地平線にいるホルス」(すなわちスフィンクス)という名のすぐ近くに書かれています。
エジプト学者はそれをカフラーという名の断片と解釈し、このファラオがスフィンクスを建てさせた証拠として評価しているのです。
第三に、学者たちがとくに強く断言しているのは、スフィンクスの顔が、河岸神殿で発見されたカフラー王の像と同じだということです(この像は現在はカイロの博物館で展示されています)。
これらの事実をもとにハワス博士とその同僚たちは、「スフィンクスはカフラーの時代に築かれた」のであり、したがって建造年代は紀元前2500年ごろにちがいないと主張しています。
しかし、この論証はどれほど確実なものなのでしょうか。